猫とつばめと島本町の話

猫と燕と島本の話

昭和50年代 #広瀬

小学3年生のピアノ教室の帰り道、車に轢かれて死んでいる猫を見つけた。
このまま道の真ん中にいたらもっと轢かれて潰れてしまうかも…想像すると胸が痛んだ。
「埋めてあげる?」 一緒にいたKちゃんも賛成してくれたのでお墓を作ることになった。
ただ、死んでしまった猫はだらんと伸びてて触るのも怖かった。
「板に載せて運ぶ?」思いついたけれど、都合よく板なんて落ちていない。
見渡すと農家と思しき家の門に、捨てるのだろう、ぺちゃんこにした段ボール箱が立てかけてあった。
「ゴミだから黙ってもらってもいいかな」と思ったけれど、年下のKちゃんの手前、泥棒のような真似もはばかられ、私は思い切ってその家の呼び鈴を押した。
出てきたおじさんはリアクションが薄くて少し怖かったけれど、死んだ猫を段ボールに載せて運びたいということが伝わると「持って行きなさい」というように無言で顎を動かした。
道路に戻って猫を段ボールに載せると、道路わきの田んぼのあぜ道に運んだ。
「どうする?どこに埋める?」
おじさんの家の向かいの田んぼの横の小さな空き地が目に入った。
空き地の地面は白くて三小の運動場みたいに固そうに見えた。
もっと柔らかい土のあるところ…三角公園の植え込みの下が良いと思ったけれど、重い猫を遠くに運ぶのも怖くてそこに埋めることにした。
私たちはちょっと大きめの石を拾って地面を掘り始めた。
見かけ通り固くて穴はなかなか大きくならなかった。
黙々と2人で土をひっかいていると、段ボールをくれたおじさんが現れて何をしているのか問いかけてきた。
猫のお墓を作っていると答えると、「そこに埋めるんか?」とまた問いかけてきたので、せっかく掘り始めたのに、ここに埋めたらいけないと言われたらどうしようと不安に思いながら「うん」と答えた。
おじさんはそのまま行ってしまったので、ホッとして私たちはまた穴を掘り始めた。
しばらくすると「どきなさい」と声がかかり、さっきのおじさんが見たこともない大きなスコップを持って現れた。
おじさんは私たちを脇に追いやって「ここでええんやな?」と確認してから足も使って穴を掘り始めた。
固かった白い砂が消えて茶色い土になり、なかなか広がらなかった穴が、みるみるうちに大きくなった。
「このくらいでえぇやろ」というおじさんの声を合図に猫を穴に入れると、おじさんはそっと土をかけて地面を元通りにしてくれた。
埋めた跡に石を置いて、あぜ道に咲いているお花を摘んで猫のお墓に供えるを見届けると、おじさんは段ボールを回収して言った。
「あんたら、その優しい気持ちをいつまでも忘れんようにな」。
最後まで笑顔は見せなかったおじさんの言葉は心に沁みた。
「あの人、神様みたいだね。今度からここを通る時はあそこを拝もうね」
そう言ってKちゃんは両手を合わせるとおじさんの家に向かって丁寧に頭を下げた。

あれから猫のお墓は宅地になり、コンクリートのどこかに紛れてしまった。
けれど私の心の深いところにあの猫は今も眠っている。
おじさんの掘ってくれた土の下で。

● 昭和50年代 #桜井

Aちゃんと遊んでいる時に子猫を見つけた。

Aちゃん一家は動物好きだったけれど、既に犬と猫を複数飼っていて子猫の入る余地はなかった。
そこで私が連れて帰って両親に飼ってくれるようにお願いしてみたが、案の定団地内は飼育禁止だからと飼ってもらうことは出来なかった。
そもそも両親は動物が好きではない。こんなことまで言われた。
「捨て猫なんていくらでもいる。1匹拾ったってどうにもならない。100匹猫がいたら100匹拾って歩くのか?元の所に戻して来なさい」
100匹だって拾って歩けると思ったが、私は言葉を飲み込み、学校に行く前に捨てる約束で一晩家に置いてもらった。

翌朝、いつものように黄色の帽子をかぶってランドセルを背負い、子猫を胸に抱いて集団登校に行くとみんなが猫に寄って来た。
でも同じ団地の子ばかりで誰も飼ってくれる子はいなかった。
私は猫を抱いたまま集団登校の列についたが、このまま学校に連れて行くのはマズイと思い、校門前で足を止めてみんなを見送った。
とにかくAちゃんに話そうと、私は脇道を通ると正門前に移動してAちゃんの集団登校の列を待った。
私が子猫を抱いているのを見てAちゃんは状況を理解し、集団登校の列を離れて寄り添ってくれた。
猫を抱いたまま学校と反対側に歩き出したけれど、行くアテもなくマンボ前の田んぼのあぜ道に腰を下ろした。
私は腕の中の温かい塊を離すことが出来ずに、ただただ途方に暮れていた。
Aちゃんも座ったまま足元の草をむしったりしていた。
「何してるの?どうして学校に行かないの?」
ふいに声をかけられて顔をあげると、散歩中のようなおばさんが一人こっちを向いて立っていた。
「おばさんに話してみて?」
怒られているのではなかった。優しそうな人だった。
「昨日猫を拾って…でも家で飼ってもらえなくて、捨てるまで学校に行っちゃいけないって言われて、でも捨てられないから学校に行けないの」
事情を説明しているうちに、私はどんどん悲しくなってきた。
聞いているおばさんも困ったような顔になっていくのが分かった。
私はおばさんから目を逸らして手元の猫を見つめた。可愛かった。元の所に捨てたりしたら死んでしまうと思うと手放せなかった。
どのくらいの間があったのだろう。
「分かった」
きっぱりとおばさんが言った。
「おばさんがその猫をもらってあげる。だからあなたたちは学校へ行きなさい」
ビックリした。そんなこと言ってくれると思わなかった。
おばさんは親切そうな人だ。でもそんなすぐに決断をする人には見えなかった。私は迷った。
「おばさん、どこに住んでるの?」
「あっちの方」
おばさんは桜井の方角を指さした。
「あっちって?」
「さぁ早く!」
おばさんは手早く猫を抱きとると私たちに学校に行くように促した。
今ならまだ授業に間に合う…
「猫、家まで見に行っていい?」という言葉を飲み込むと、私たちは学校に向かって走った。

● 平成20年代  #島本駅


駅の階段を降りて歩き始めた私の目の前を横切って、ツバメの赤ちゃんが羽ばたきながら落ちてきた。
「勘弁して…急いでるんだから。なんで私の目の前に落ちてくるかな?」
心の中で溜息をつきつつも足は自然に留まってしまう。
人の手のニオイをつけてはいけないから触らない。
自力で巣に戻ることは出来ないが親鳥はどうするだろう?
どちらにしても構ってはいけない。
歩き出そうとした時に若いカップルが歩いてくるのが見えた。
仲睦まじくお互いの顔を見て話していて、足元なんて全く見ていない。
踏むんじゃないかな?いや、踏むわけないか。鳴いてるし気づくよね?でも雛の声なんて聞こえてなさそう…
私は不安になり、カップルの動きを注視した。
ちょうど踏みそう…気づく?いや、やっぱり気づいてなさそう。歩幅的に踏むかも…踏むかも、踏む!
「踏まないで!」
男性の足がまさに雛を踏もうとした瞬間、私はこらえきれずに悲鳴をあげてしまった。
男性は驚いて動きを止め、ツバメを見ると避けてまた彼女と話しながら通り過ぎた。
「なんやツバメか?」
私の大声で駅の周りにいた何人かのおじさんが気づき、その中の1人が声をかけてきた。
「はい、今落ちてきたんです」
「巣に戻せんかな?」
東側の毎年ツバメが巣を作る場所を見上げておじさんは言った。
「ちょっと…高くて届かないですね」
私も一緒に見上げて答えた。おじさんはポツリと言った。
「役場に電話してみよか」
「え?役場??」
私はビックリした。役場に電話してどうするの?役場もそんな電話受けても困るよ?っていうかもう閉まってる時間だし…
「誰か役場の電話番号知らんか?」
おじさんが声をあげると、壁にもたれていた別のおじさんが即答した。
「961-5151」
え?役場の電話番号暗記してる人って何者?
私が驚愕している横で、おじさんは携帯で電話をかけて事情を説明している。
「いや~、守衛さんが出たわ。なんともならんらしい」
いや、そりゃそうやろ?
「JRに言うか」
えぇ!?JRに?そんな迷惑な…すっかり帰り損ねた私はおじさんたちの言動に軽いパニックになりかけていた。
「管轄外やってさ」
職員さんに聞いてきたというおじさんが戻ってきて言った。
「脚立があったら戻せるねんけどなぁ」
こころなしか私が見られた気がした。
「…聞いてきます」
私は駅の窓口に行って脚立があったら借りられないか聞いてみた。職員さんは親切だったがなかった。
戻るとまたおじさんが増えているような気がした。
「工務店とかならあるやろ」
そこでツバメを見守る人と脚立を探しに行く組とが決まり、私は見知らぬおじさんとチームを組んで脚立を探しに行くことになった。
何やってんだろ、私?
水無瀬駅に向かう途中の店などを尋ね歩いているうちに、私はふと近くに農家さんがあるのを思い出した。
「農家さんって天井裏とかあって、長い梯子とか脚立とか持ってません?」
私はおじさんと一緒に心当たりの農家と思しき家を訪ねた。やはり梯子のような物が見えた。
事情を話すと「無理やと思うけどなぁ」と呆れたように私たちの顔を見つつ「梯子より脚立の方が安定するから」と奥から脚立を出してきて貸してくれた。
島本駅に戻ると、電話のおじさんはちゃんと待ってツバメの番をしていた。
ホームに電車が到着して人が流れてくるたび、踏まないように交通整理をしていてくれたらしい。
素手で掴まない方がいいなどとゴチャゴチャやりとりをしていたものの、一人のおじさんがツバメを掴むと脚立に登り始めた。
「誰か脚立支えてあげな!」
・・・・え~と、どなた様ですか?なおばさんがいつの間にか加わって声をあげていた。
仕事帰りに足を止める人、散歩中の人、どこからともなく脚立の周りに人だかりが出来ている。
脚立を押さえる人、遠目から「もうちょっと右だ」などと指示を出す人が増え、脚立に乗ったおじさんの背が低いの見て「あの、僕、代わりましょうか?」と遠慮がちに声をかけてくれる背の高い若い会社員まで現れた。
ギャラリー多くない?なんなんだ?この人たちは。なんなんだ?暇なのか?私の心の中にはずっと疑問が渦巻いていた。
どうにかこうにかツバメは巣に戻され、沸き起こった拍手がおさまると輪は崩れて皆が家に戻り始めた。
おじさんと一緒に農家さんに脚立を返しに行くと「役に立ったなら良かったです」と言われて頭を下げた。
こういう場合は祝杯に行くものなのかな?と少し心を残しつつも、そのまま名もなきおじさんと別れて私は家に帰ると、遅くなった経緯を娘に一気に喋った。
「あ~島本やな」…「島本やな」娘の相槌も感想も全て「島本やな」で終わった。
なんなんだ、この人たちは…なんなんだ?という私の中で渦巻いていた疑問がストンと落ちた。

そうか…これが島本なんだ。

● 令和元年  #島本プライド

振り返ると、猫を助けてもらったような大きなエピソードだけじゃなく、この町の子供時代は見守られていた。

お正月休み、線路脇の電柱に凧をひっかけた時、飛んできて助けてくれたおじさん #桜井
基地づくりに段ボールや木切れを持ち込んで藁を使って遊んでも、そのままそっとしておいてくれた農家さん #西国街道沿いの田
もみ殻の山で遊んでも、決して三小に怒鳴りこんだりしなかった農家さん #桜井
駐車場に入り込んで黒猫に餌を与えていても咎められなかった #喫茶くすの木
小学校で飼っていたチャボにおからを無料でくれた #よしかわ豆腐
お使いに行くと何かと声をかけてくれた #神戸屋 #ルツ文房具店 #鈴間酒店 #青葉書店
いつもニコニコと話をしておまけをつけてくれた #キムラマートの並びの八百屋さん
お店はなくなって、人はいなくなっても、数々のやりとりは心の中には残っている。
島本町の宝は自然の豊かさだけではないのだ。

6月のある日、高槻にある高校の体育祭を覗いた。
3年生だけが作ることの出来る、色とりどりの法被を身にまとった若い笑顔が溢れていた。
絵画のような絵、キャラクターの絵、シンプルな文字、思い思いの作品を背負った背中が弾んでいる。
その中に私の目を射た文字があった。
『島本プライド』。横に燃える炎の絵が添えてあった。
「無駄に町民としての誇りを持っている…」私が公述で述べた思いが若者の背中で具現化していた。
平成生まれのこの男の子は、どんな思いでハレの日の衣装にその文字を選んだのだろう?
令和、そしてまた次の時代、この町はどこへ行くのだろう?どんな町にしてゆけるだろう?
今は答えが見えない。
けれど30年後、君が今の私の歳になっても、心の中でその法被を背負い続けていることを願う。

7月30日更新

7月30日更新

2015年1月 雪の日

たったいまの島本駅
けりかなあ??

鳥が飛んで、風がふいています


#けり?の群れ、子育て終わったのかな?

7月18日更新

2018年7月8日の 桜井の田畑、島本駅前の 景色 
代掻き、田植え、水の管理、草引き  大阪北部地震からひとつき足らず 豪雨のまえ 無事に実っている様子を眺めて
作られたかたの安堵を思い、過ごした方もおおかったとおもいます 今年も無事に実ってね 。
#島本駅西の田畑 #島本町桜井

におう

夜の 夏の 草の 山の
梅雨の におい

田舎とおなじにおいだ

#梅雨の夕暮れ
#島本駅
#島本町桜井

「旦那、ネコか鳥の動画さえアップしておけばアクセス数は伸びますぜ」

「おぬしも悪よのう」 #水無瀬川

2016年5~6月頃

7月9日更新

7月9日更新

各地の大雨心配 梅雨入りすぐの、しまもとのある日 雨が降ると、もくもく 山から霧が わきだしてゆく 中学生のころのあるときは、 中学校のまわりすべて霧に沈み、天王山も男山もみえない 白い海のほとりになった #しまもとのもと #霧わく山々
ある日曜日の水無瀬駅前 はせがわしょてん、通称はせしょの一幕 私たちはどこの間にいるのかな 信じる、と、愛する、の間? 町で一軒になったほんやさん そして、このあたりに このまちに 灯りともしつづけようと 個人のお店たち 体があって まちに生きてることをおもう

地元の人、来た人、去った人。
この街を知っているすべての方々に。
普段何気なくみている景色も、ある時を境に過去のものとなります。
そんな何気ない普段の一コマを集めました。

2012年7月

2019年5月

7月1日更新

7月1日更新

水無瀬の滝が本気だした時